題名 :『殿さま弥次喜多 捕物道中』

登録日時 :04/05/04 16:36

1959年 東映 監督:沢島忠 カラー 84分

十年ぐらい前、TVで「殿さま風来坊隠れ旅」という時代劇の連ドラがあった。 紀州候徳川治貞と尾張候徳川宗睦が、身分を隠して旅を続けるという設定だっ た。主役に三田村邦彦、西岡徳馬とやや地味な配役ながらも、個人的には結構 好きだった。

あれには実は元ネタがあって、それがこの『殿さま弥次喜多』シリーズ。
1958年 『殿さま弥次喜多 怪談道中』
1959年 『殿さま弥次喜多 捕物道中』   ←今回見たのはこれ
1960年 『殿さま弥次喜多』


尾張藩主・徳川宗長(中村錦之助)と紀州藩主・徳川義直(中村賀津雄)は、 退屈な毎日に辟易し、以前に二人で旅した思い出を懐かしんでいた。 ここの演出は目を瞠って見るべきものがある。スクリーンを真ん中で縦に切断 するように金モールみたいなのが下がり、右と左で中村兄弟が、漫才のような 掛け合いを演じるのである。最初二人は声だけで二つの城のミニチュアが左右 に映り、途中から二人が顔を出すのだが、二人の背景の色と仕切りのモールが ドール・ハウスっぽい。フランソワ・オゾンの『八人の女たち』を連想する。 オゾンに先立つこと40年以上前の日本の時代劇映画、なのに。

監督の沢島忠は、「ひばり、錦之助の御付監督」などと揶揄されることも多く て、いかにも予定調和でチープな「東映スタア娯楽時代劇」の中心人物的なイ メージがあるが、作品を見るとなかなかどうして野心的・実験的なしかけが多 く、常に新しい時代劇映画を模索していたフシがある。
この映画でも、「鉄のカーテン」「ダイヤが乱れる」「小説家」「真昼の殺人」 など、台詞に現代語が入り混じり、非常にモダンでポップな印象を覚えた。

さて、宗長には見合いの話があった。相手は義直の妹、鶴姫である。見合いの 日、尾張城にやってきた鶴姫は義直に瓜二つだったので、家老は全く疑わず宗 長と引き合わせたのだが、実は瓜二つなのも当然で、これは義直の変装だっ た。本物の鶴姫(桜町弘子)一行がやってきた頃には、宗長と義直は逃げてし まっていた。鶴姫は小説家志望という変わった姫君で、これは面白いことに なったと、うれしそうに笑った。

尾張から紀州に向かう大きな船に、殿さまふたりは町人姿になって乗り込ん だ。宗長が弥次さん、義直が喜多さんである。紀州藩の追っ手として権兵衛 (山形勲)の一行がやってきたが、二人を見つけられなかった。権兵衛は二人 を連れ戻す役目なのだが、実は二人について行って、一緒に楽しい旅をしたい と考えている。彼もまた前の旅が忘れられないのだ。
この山形勲は素晴らしい。朴訥として変な言葉(東北弁と三河弁をミックスし たような)を使い、とてもオマヌケなのだが、意外な活躍をしたりする。おな じみの冷徹な悪役とは全然違う。芝居を知り尽くしている山形勲が見せる、微 妙にタイミングをずらしながらのオフビート感覚のコメディ演技。これが映画 全体のテンポとカラーを非常に盛り上げている。

四人の船頭が帆を揚げて船が出発すると、帆に隠れていた二人の殿様は、マス トに吊り上げられてしまった。高所が苦手な弥次さんはブルってしまったが、 喜多さんは二人組が一人の男を海に突き落とすところを目撃した。殺人事件 だ!と喜多さんはすっかり探偵になってしまった。

この船には、江戸からやってきた二人の十手持ち、老人の法華の大八(薄田研 二)とその若い子分の留(加藤武彦)が乗っていた。二人は観音小僧という江 戸の盗賊を追って来た。観音小僧は大名屋敷のお宝を鮮やかに盗み出しては庶 民に分け与える義賊だったが、最近は人を殺しての強引な押し込みが相次いで いる、という。 喜多さんは留の十手をドサクサまぎれに手に入れ、すっかり目明し気分になっ て殺人事件の捜査を開始した。弥次さんはそんな喜多さんをちょっと引いた目 で見ていた。

薄田研二はちょっとした隠し球である。真っ赤なパッチを履き、鼻と頬を酒焼 けしたみたく赤く塗った姿は、まるっきり浅草のコメディアン。ヨレヨレにボ ケまくりの芝居からは、これが薄田であることがちょっと目にはわからないぐ らい。山形勲をも上回る変身ぶりだった。

船中の乗客たちはみなどこか怪しげで、観音小僧とつながっている。 祖父(水野浩)と旅する若い娘・お君(中原ひとみ)は江戸に出た頃、観音小 僧のおめぐみで経済的苦境を乗り切ることができ、晴れ晴れと故郷の両親の墓 参りにやってきた。 江戸の商人・和泉屋重兵衛(月形龍之介)は紀州候に貢物を届ける途中で、紀 州藩の侍が護衛についている。しかし喜多さんは彼らに見覚えがなかった。 やくざ風の町人集団は、伊勢参りの途中。 駆け落ちの若者カップル・春六(中村歌昇)とお夢(丘さとみ)は観音小僧に 関係がなさそうだったが、実は微妙な関係があった。 江戸の踊りの師匠、おれん(雪代敬子)も伊勢参りの途中。

夜中に、四人の船頭が舟歌を歌いだす。見事なオープン・ヴォイス・コーラス で、こいつら何者やねん?と観客は思うのだが、実はダークダックスだった。

喜多さんは殺人犯(沢村宗之助)を見つけたが、大乱闘になり、殺人事件はう やむやになった。そして船を下りてから事件は一気に解決に向かう。

駆け落ちカップルの男が、自分は和泉屋の息子で父親の重兵衛はすでに亡く なっている、それに紀州家への貢物はいつも江戸から御用船を仕立てていると 証言したことから、船にいた和泉屋は偽者と判明。和泉屋一行とやくざ風の町 人グループの正体は、海賊だった。 本物の観音小僧であったおれんの証言で、海賊たちが偽の観音小僧を名乗って 連続強盗殺人を起こしていたことがわかった。 全貌がわかると、喜多さん以上に今度は弥次さんが悪者退治にノリノリになってし まった。

しかしお君の祖父が海賊団に殺されてしまった。失意のお君を二人の殿様とお れんが一生懸命慰めるシーンは、ちょっと泣けた。

クライマックス。 船で逃走を図る海賊たち。港にふたりの殿様が乗り込んで、悪党どもと大乱 戦。すでに錨を上げた船は動き出す。港に結集した紀州藩・尾張藩の藩士た ち、それにお君とおれんの声援を浴びながら、殿様二人は大活躍。海賊を次々に斬 り、海に放り込む。 こういう乱闘モブシーンは沢島監督の得意なところだが、船が全然揺れないの は、セット撮影みえみえで、ちょっと苦しい。

乱闘の末、船は壊れてイカダみたいになり、二人の殿様だけが船上に残った。 風任せの船の上で、弥次さん・喜多さんは今度の冒険も楽しかったなあ、と大 いに笑った。(完)


幸福な気分になれる、楽しくてエネルギッシュでセンスのいい一本。

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