題名 :『宮本武蔵 巌流島の決斗』

登録日時 :03/06/01 22:42


1965年 東映 監督:内田吐夢 カラー 121分

シリーズ5作目の東映最終作。

1965年当時、時代劇映画の人気は低迷期に入っており、この作品も予算が十分につけてもらえなくて、製作側は相当苦労したという。そのせいというわけでもないだろうが、前作までのフィルムが回想シーンで頻繁に流用される。それから錦之助演じる武蔵は、やたらと気持ちの切替が早い。しょっちゅう落ち込んだり立ち直ったりする。冷静に見るとなんだか変だ。



吉岡一門との死闘を制した宮本武蔵(中村錦之助)は、子供を手にかけた罪悪感に苦しんでいたが、小仏を彫って「一片の悔いなし!」と立ち直って、再び武者修行の旅にでかける。途中でお通(入江若葉)が待ち伏せしていて、一緒に連れて行ってください、とすがってきたが、自分の手は血で汚れている、と武蔵はお通を振り切る。

田園地帯の掘っ立て小屋の前で、みすぼらしいなりの少年が刃物を研いでいるのを見かけた武蔵がその理由を尋ねると、少年はこれで父親の体を切るのだという。驚いた武蔵が小屋に入って見ると、少年の父は病で亡くなっていた。遺体が重すぎて墓地まで少年の力では運べないので、小分けにしようとしていたのだ。

武蔵は少年の父の亡骸を弔ってやり、さらに刀を封印して、少年と秋まで百姓仕事をすることにした。村人たちに冷やかされながら、荒地を耕し丹精込めて育てた稲から、秋には二表の米がとれた。ここでは錦之助の鍬さばきに注目。畝の作り方とかおそろしくうまい。米を村の共同保存場の蔵に納めた夜、野党が蔵を襲ってきた。武蔵は刀を手にし、一人で野党を撃退した。武蔵と少年伊織(金子吉延)は村を出て江戸に向かう。そういや前作までには城太郎という少年がやはり武蔵に同行していたのだが、彼はどうなったんだろう?

それはさておき、武蔵と伊織は江戸で馬喰宿に滞在することにしたが、同宿の馬喰連中は声がデカくてうるさい。文句を言ったら気の荒い馬喰が逆に言いがかりをつけてきたが、食事中の武蔵は空中を飛ぶハエを次々と箸でつかまえてみせ、馬喰を仰天させる。

武蔵が刀を研ぎに出した研師のところには、佐々木小次郎(高倉健)も鍔先三尺の長刀を研ぎに出していた。小次郎は細川藩主忠利(里見浩太郎:現浩太朗)の前で剣の腕を披露し、細川藩の剣術指南役に就く。藩の重役、岩間角兵衛(内田朝雄)の後ろ盾があったのだが、別の重役、長岡佐渡(片岡千恵蔵)は小次郎の人物に懸念を抱いていた。

一方、武蔵には将軍家剣術指南役の話が舞い込む。北条安房守(中村錦司)、柳生但馬守(田村高廣)らの推薦を受けたのだが、やはり「子供殺し」がネックとなり、採用とはならなかった。但馬守は武蔵が残した見事な屏風絵を見て、「虎を野に逸した」と惜しむ。

武蔵は伊織を連れて、京に向かう。途中では吉岡の元門弟の林(河原崎長一郎)が見えない目で石地蔵を彫っていた。過去のトラウマに怯えた武蔵は逃げるように去った。

京で伊織とともに、本阿弥光悦(千田是也)の屋敷に滞在していた武蔵の元に、佐々木小次郎からの果たし状が届く。武蔵は沢庵(三国連太郎)に託して伊織を小倉の長岡佐渡の屋敷に向かわせ、一人で決戦の準備をする。沢庵は相変わらず神出鬼没だが、伊織がお通の血を分けた弟であることを、発見する。しかしこの姉弟の出会いは、映画の最後までなかった。

お通は沢庵に導かれて小倉に来たが、道端で赤ん坊を抱く女に気付く。朱美(丘さとみ)だった。そこに朱美の夫、又八(木村功)が現れ、さらにお杉オババ(浪花千栄子)も現れ、孫を抱く。無理やりな家族集結で、こちらは一足早く一件落着。

武蔵と小次郎の試合場所は、舟島と決まった。万が一小次郎が敗れた場合、武蔵を大勢で亡き者にして藩の名誉を守ろう、と岩間は手勢を潜ませる。
しかし武蔵は帰り際の襲撃を予想していて、潮を見計らって出発する。小次郎の長剣に対抗すべく硬い櫂を武器に選んだ。出発の間際にお通が現れ、手を血で汚すなと武蔵を引きとめようとする。それでも振り切って戦場に赴く武蔵。又八、朱美、オババも現れ、オババは「タケゾウ、負けるなよ〜!」と声援を送るのであった。

舟島では小次郎がシビレを切らして待っていた。鞘を捨てて、「惜しや、小次郎」と武蔵に動揺を誘われ、逆上する小次郎。
勝負は一瞬でついた。小次郎の長剣は浅く武蔵の鉢巻を切断しただけだったが、武蔵の櫂は小次郎の頭蓋を打ち砕いた。もともと三白眼なのにさらに白目を剥いて地に伏す佐々木小次郎。

引き潮に乗って逃走する小船の船上で、武蔵は勝利を噛み締める。「勝った!生涯に二度と出会えないほどの強敵に、俺は勝った!」。しかしまたしても手は血で汚れてしまった。剣は所詮武器にすぎないのか、とむなしさをも抱えながら、武蔵は櫂を海に捨てる。(完)



物語の展開はちょっと性急なように思う。本来なら子供殺しの罪悪感を武蔵が克服する過程はもっとじっくりとドラマが作られるべきだし、宍戸梅軒との対決なども入れて二作に分けて作るべきところを、無理やり巌流島まで一気に描いて終わらせたような感じ。結局、武蔵の内面がどう変化しているのかも見えてこず、ずーっとフラフラしているように思われる。

とはいえ見所のあるシーンも非常に多かった。
クライマックスの小次郎との対決はもちろんだが、ハエを箸でつかまえるところ、柳生の剣気を見抜くところ、のどかな農作業シーンなんかも実にいい。それから小次郎の御前試合のシーンでは、最初に相手の足元を長回しで撮るというアイデアが、緊迫感をうまく出していた。

でも一番見とれたのは、最初の方で武蔵がお通を抱きしめるシーン。ここではお通が「ああ、ああ...」と吐息ともうめき声ともつかぬ声を上げ続ける。官能が溢れてすばらしい。
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