題名 :『宮本武蔵 二刀流開眼』

登録日時 :02/11/30 16:54


1963年 東映 監督:内田吐夢 原作:吉川英治 カラー 104分

錦之助主演のこのシリーズは全五作からなる。

本作『二刀流開眼』は3作目で、登場人物たちのキャラクターはすでに観客に認知されている前提で、彼らをどう動かしてドラマを作るか、という点に集中しているように思える。序盤は武蔵中心のお話が展開するが、中盤は武蔵以外の人たちが活躍する。最後の締め役はもちろん錦之助だが。



般若坂の決闘を制した武蔵(中村錦之助)は、少年城太郎(竹内満)を伴って柳生の里を訪ねる。伝説的剣の達人、柳生石舟斎(薄田研二)と一手、合わせたい、と考えたのだ。すでに同じ目的の先客、吉岡伝七郎(平幹二朗)がいたが、会ってももらえずに断られていた。石舟斎が切ったという石楠花の茎を見て、その鮮やかさに武蔵は舌を巻く。武蔵は柳生のお城まで、城太郎に手紙を届けさせる。花の切り口を見逃さなかった武蔵に、柳生の高弟4人が興味を持って、会ってくれることになった。しかし城で飼われている紀州犬タロに城太郎は軽傷を負わされる。

武蔵と四高弟が会談していると、城太郎はこの前の仕返し、とタロを殺してしまった。武蔵はこれをきっかけに騒ぎを起こして、どさくさ紛れに石舟斎に会おうとしたが、四高弟が刀を抜いて立ちふさがったので、思わず二刀を構えてしまった。これが二刀流開眼なのであった。

その場は闇にまぎれて逃げた武蔵は、城内の叢で身を潜め、夜が明けるのを待つ。朝になって石舟斎の住処らしい庵を訪ねると、庵の入り口には世捨て人の句が書いてあったので、こんな平和に暮らしている老人を戦いに巻き込んでいいものか、と武蔵はちょっと躊躇して立ち止まるが、石舟斎の横にかつて捨てた恋人、お通(入江若葉)の姿があったので、パニックになった武蔵は一目散に逃げ出してしまった。

ここからしばらく武蔵は出てこない。

武蔵の幼馴染、又八(木村功)は伏見で土方のアルバイトをしていたが、死んだ武士から佐々木小次郎の富田流免許をあずかり、ニセの小次郎を名乗って、ダメ男ぶりが全開モードに入った。

京の吉岡道場の門弟祇園藤次(南廣)は全国で道場再建の金を集め、船で大阪に向かっていたが、船上で生意気な若造、佐々木小次郎(高倉健)にちょっかいを出して、燕返しで髷を切られてしまった。祇園は大阪まで迎えに来ている一門の前にみっともない姿を現せず、又八の女房お甲(小暮実千代)と金を持って逐電してしまった。

大阪に来ていた吉岡道場の当主、清十郎(江原真二郎)はかねてから思いを寄せていた、お甲の娘、朱美(丘さとみ)を強姦したが、朱美は絶望のあまり海に身を投げて自殺を図った。それを助けようとしたのが、又八の母親、お杉オババ(浪花千栄子)だが、オババの命令で海に入った権六(阿部九州男)は溺れ死んでしまった。朱美は一命を取りとめたが、頭が少しイカレてしまった。体を奪っても心を奪えなかった清十郎が、なんでオレの思い通りにならないんだ?と悩んでいると、京から使いが来て、宮本武蔵の果たし状を持ってきたので、吉岡一行は客分となった佐々木小次郎を連れて、京に帰る。

町をフラフラ徘徊する朱美を不良浪人(谷啓)から助けたのは、佐々木小次郎だった。そこにニセ小次郎を名乗る又八が現れた。正体がばれ、本物の前に土下座する又八。ここ、笑うところなんだけど、あんまりの惨めさに言葉を失って固まる観客。

終盤になってようやく武蔵が現れる。武蔵は又八と元旦の朝に五条大橋で会う約束をしていた。武蔵が川原で焚き火をしながら夜明けを待っていると、現れたのはお杉オババだった。さんざん罵るオババを無視して武蔵は去ろうとするが、オババは切りかかって来て含み針で武蔵の目を突いたので、武蔵は当身でオババを失神させ、川原の船に寝かせた。

朝になって武蔵が橋の上に行ってみると、現れたのは又八ではなく朱美だった。武蔵の伝言は又八に伝えられなかったという。城太郎もお通を連れて現れたが、武蔵が朱美と一緒にいるのを見て、今度はお通の方がパニックになり、一目散に逃げ出した。このカップルが一生結ばれることがなかったのは、さもあらんという感じだ。
お通は川原でお杉オババを見つける。

お通に気づきもしなかった武蔵は、朱美の連れ、佐々木小次郎を気にかけながらも、吉岡清十郎との果し合いに備える。
果し合いの日、清十郎が単身決闘場所に赴くと、藪に潜んでいた武蔵が姿を現した。木刀での対決だったが武蔵は一撃で清十郎の左腕を粉砕すると、すぐに姿を消した。
吉岡の門弟達と現れた小次郎は、治療のため、と清十郎の砕けた左腕を切断する。戸板で運ばれちゃカッコ悪い、と清十郎は立ち上がって帰路につく。
その頃武蔵は、大した相手じゃなかったけど、勝ったからよしとするか、と一人勝利の余韻に浸っていた。これから吉岡道場との抗争が激化することも知らず。(終)



高倉健の佐々木小次郎は三作目にして初登場だが、衣装は後作ほどキンキラキンではない。羽織がちょっと派手目なぐらい。前髪とゴツイ顔のアンバランスがイカス。背中の長剣、物干し竿を何度も難なく抜いて見せるが、よーく見ると、あの長剣、長いのは鞘だけで、抜かれた剣はそんなに長くない気がする。
それから剣を鞘に戻すシーンは一度もないのが残念。

入江若葉の台詞回しは相変わらず、ちょっと不思議。技巧はないが、なんかこう上品な、育ちのよさを感じさせる。百戦錬磨の薄田研二や浪花千栄子が相手でも、子役が相手でも、掛け合いの間が常に彼女のペースになってしまう。これはやっぱり天賦の才というものだろう。

人物が多いので、多少物語が緩んでしまうのは仕方ないが、繊細にしてダイナミックな内田監督の演出力は、保持されていると思う。夜明け前の風景の美しさ、又八の労働シーンのキャメラアングル、殺陣シーンの緊張感など、計算と美意識がうまく調和していて、見所は多い。

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