題名 :『宮本武蔵 般若坂の決斗』

登録日時 :00/11/26 11:26


中村錦之助(萬屋錦之介)の当たり役と言えば、何はおいても宮本武蔵でしょう。
講談の世界ではひたすら強いだけの鬼神のようだった武蔵が、吉川英治の小説によって、人間として成長を目指すストイックな求道者という新しいヒーロー像に生まれ変わりました。この新しい武蔵像を銀幕の世界で完璧に具現化したのが、錦之助の武蔵シリーズでした。

錦之助は体も大きくなく、声も甲高くて伝統的な「豪傑」というイメージではないですが、むしろその「軽み」が、新しい武蔵像にはピッタリ。もちろん、ただ軽いだけではなく、穏やかな笑顔、身を裂くような苦悶、激しい憤怒といった表情を演じ分ける抜群の演技技術がスクリーン上で躍動!武蔵シリーズが大ヒットしたのも、納得がいくというものです。

さて、シリーズ第2作目にあたる「般若坂の決斗」を見てきました。
公開は1962年、東映(京都撮影所)製作、監督は内田吐夢。

で、前振りと矛盾するようで恐縮ですが、この映画、あまり面白くないのでした。錦之助は勿論素晴らしい演技を披露しているのですが、シナリオや演出が、なんというか「かたすかし」の連続なんです。内田監督は脚本にも参加しているので、意図的にそういう流れを作ったのだと思いますが、観客に期待させておいて裏切るということをやりまくっています。「時代劇=予定調和」という固定観念にたいするアンセテーゼなのでしょうか?けど突き抜けたいときに突き抜けてくれないと、観客はフラストするんですけどね〜。

それでは内容のご紹介。



関ケ原の合戦以来、武蔵(たけぞう)は3年もの間、お城の天守閣にこもって、精進をしておりました。「ひきこもり」生活もついに終わり、「剣を通じて人間としてどこまで高みに上れるかを試すのだ」と武者修業の旅に出かけようとする武蔵(たけぞう)に城主は「自分のルーツを大事にせなアカンで」というようなことを言い、「宮本武蔵(むさし)」の名を与えました。

出立の橋の上。武蔵が3年前にお通と「この橋の上で3年後再会しよう」と約束したことを思い出し、「お通さんは今頃どこでどうしているだろうか」と感慨にふけっていると、そのお通(入江若葉)本人が走り寄って来ます。なんとお通は橋のたもとの竹細工屋に住み込み、毎日橋の上を武蔵が通らないかとチェックしていたのでした。(ストーカー?)
「今日でちょうど970日目になります。」と感激するお通。「修行のお邪魔はいたしませんから、いっしょに連れていってください。あなたは私にとって、ただひとりの男の方です。」お通のいじらしさ、けなげさに感動してちょっと私の涙腺が緩みました。
しかし武蔵は自分はお通を幸せにできないから、とお通が旅支度をしている間に旅立ってしまいます。
この部分が「かたすかし」その1。もうちょいと叙情的な会話や武蔵の苦悩の胸中を示す描写が欲しいところ。武蔵が橋の欄干に残した「ゆるしてたもれ」の文字が小学生のようにヘタクソなのが、わびしい。これじゃただの冷たい男だ。一瞬緩んだ私の涙腺をどうしてくれる?

武蔵が向かったのは京の都。最強流派の名声も高い吉岡道場を訪ねます。当主の吉岡清十郎(江原真二郎)がスナック(?)で遊んでいると、道場から使いが来て、宮本武蔵という浪人者が来て道場の者は誰も手に負えないからすぐ帰ってくれ、と告げ、清十郎は急遽戻ります。しかし祗園藤次(南廣)らが集団で武蔵の待つ部屋に押し入ると、すでにもぬけのカラ。床下から逃げてしまったらしい。結局清十郎と武蔵は顔を合わすこともなかったのでした。おまけに武蔵が道場生達をコテンパンにするシーンもない。(「かたすかし」その2)

ちなみに清十郎が通っているスナックですが、お甲(木暮実千代)がママさんでホステスは朱美(丘さとみ)、飲んだくれのダメマスターが又八(木村功)と、武蔵に縁の深い人々が経営しておりました。

さて武蔵が清水寺にお参りしていると、史上最高の刺客が襲いかかります。何が最高か?というと年齢。こちらこそ本物のストーカー、又八の母親・お杉(浪花千栄子)です。武蔵は「オババ殿!」と心底懐かしそうな表情でかけ寄ろうとするのですが、オババは怨念の表情も凄まじく従者の権六(阿部九州男)、彼女に同情して助太刀する籠かき人足たちと共に武蔵に襲いかかります。年寄りやシロートに怪我を指せてはイカン、と武蔵は逃げ出します。

そして武蔵が次に向かうのは、奈良。京で弟子にした少年城太郎(竹内満)に吉岡道場への手紙と又八への伝言を持たせ、単身で乗り込む先は「槍の宝蔵院」。ここの僧たちはどうみてもプロレスラーにしか見えないのですが、中でも一番の豪腕、阿巌(山本麟一)を軽ーく一蹴。

しかしですね、武蔵が人間相手に立ち会うシーンは、映画も後半に入ったここが最初なんですね。最初にしてはあっけなさすぎ。(「かたすかし」その3。)ここまでひっぱられた館客はあまりのあっけなさに「???」と絶句。
しかも宝蔵院一の使い手にして当代住職の胤舜は不在。それって吉岡道場と同じパターンじゃん、と観客としては不満。俺たちゃ武蔵が強敵と戦うところを見たいんだよ!

けれども実はすでに武蔵は強敵と戦い、しかも敗れていたのでした。(「かたすかし」その4)。相手は宝蔵院の隣のお寺の住職日観(月形龍之介)。異常なまでの殺気の強さを指摘されて、武蔵は負けを認めざるを得ません。しかし「阿巌の怪我の具合はいかがですか?」と心配そうに訪ねる武蔵に、間髪置かず「即死!」と回答する日観の身も蓋もなさ加減が大変素晴らしい。

負けをかみしめながら、武蔵はこの地に滞留し、城太郎を待ちますが、その間に一帯に巣食う浪人たちを敵に回してしまいます。浪人たちは「武蔵が宝蔵院の悪口を言っている」という風評を流して、宝蔵院を味方にして武蔵を討つつもりなのでした。

やがて城太郎と合流し、奈良を出立して伊賀に向かおうとする武蔵ですが、途中の般若坂には不良浪人+宝蔵院のプロレスラー法師達が待ち構えています。このとき利発な少年城太郎はビビって「俺らを可愛そうだと思うなら、一緒に逃げておくれよ!」と武蔵に抱き付いて哀願します。(ここでも私泣きそうになりました。)しかしそれを振りきって、今目の前にある危機に立ち向かう武蔵。なにせ人数が違うので、さすがの武蔵も決死の表情。

最初に襲って来たのは不良浪人集団。しかし武蔵は、冷静に土地の起伏を利用したポジション取りをして、これを迎え撃ちます。この映画で唯一の本格的なチャンバラシーン。武蔵が圧倒しますが、宝蔵院の僧たちが加勢してきたら危ない。
そこで胤舜(黒川弥太郎)の号令の下、宝蔵院の僧たちが襲いかかった相手はなんと不良浪人達でした。(「かたすかし」その5)。あっけにとられる武蔵の前で、たちまち壊滅する不良浪人集団。
日観が遅れ馳せに現れて解説してくれます。不良浪人達を一掃するために宝蔵院が役人に協力したのだと。そして一件落着の高笑い。おいおいこれじゃ水戸黄門だぞ!

ここで、武蔵は「そういうことだったのか」と納得するかと思いきや、さにあらず。(「かたすかし」その6)。
武蔵は、日観が死者の浪人の上に置いた石を手に取ります。これで死者は成仏できると日観は言いました。しかし武蔵が死者を仰向けに寝かし直してみると、死者は無念の表情。

「嘘だあ!!」と武蔵は絶叫。「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だあ〜!!」。この時の錦之助の表情は凄まじい。興奮しすぎて目が「寄り目」になっている。だまし討ちで殺しておいて成仏を願う、などという二面性が武蔵には全く受け入れ難いのでした。

そこまでエキサイトしたのなら、何かもう一波乱あるのだろう、と観客は期待するのですが、スクリーンは唐突に「終」。(「かたすかし」その7)。



結局胤舜や吉岡清十郎などとの決着は、次回作に持ち越し、ということなのでしょうか?最後まで「かたすかし」の連続でした。

あと、時代考証ネタですが、吉岡道場の看板の文字が「剣法」ではなく「拳法」になっていました。昔はそういう字を当てていたんでしょうか?タイトル見てると「決闘」は「決斗」、「浪人」は「牢人」。この辺、歴史的にはどうなっているんでしょう?
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