題名 :『子連れ狼 親の心 子の心』

登録日時 :02/03/02 22:35


ああー、B級だなあ、としみじみ思った。何かに追われるように、やたらと性急なストーリー展開、雑で安っぽい映像編集、そしてなりゆきまかせのメリハリのない構成。忙しいわりには、躍動感がなくって、「なんでそうなるの?」とおいてけぼりを食らわされる、この空白感覚が、なんともたまらない。

1972年 勝プロ、東宝  斎藤武市監督 小池一雄脚本 カラー 108分

このシリーズは全部で6作からなるのだが、そのうち4作が1972年の1年間に公開されている。お疲れ様なことだが、だからって、手抜きしちゃいけませんぜ。



映画はいきなり女性の乳首のアップから始まる。カメラ(宮川一夫)が徐々に引くに連れて、金太郎の刺青を入れた乳房の全体が映り、それから小太刀を手にした上半身裸の女(東三千)の全身像が映り、彼女を取り囲む3人の武士が映る。
女と3人の武士は、戦闘の最中だとわかる。武士達が斬りかかると、女は鮮やかな動きで攻撃をかわし、次々と3人を倒す。噴水みたいに血しぶきが吹き出し、倒れた武士達は、浴槽から水を抜くときのような音をたてて、地べたに血を流す。返り血を浴びた女は、倒した男たちの髷を血まみれの小太刀で切り落とす。

この女は何者なのだろうか?お雪というこの女の殺害依頼を受けた、元公儀介錯人、拝一刀(若山富三郎)がその謎を解いていく、というのが映画のメインの筋書き。冒頭のスタイリッシュさはまるで三隅研次作品みたいで、カッコいいのだけれど、その後で始まるテーマ音楽(桜井英顕)が、とんでもなくチープでダサいので、観客は脱力せざるをえない。

お雪については、以下のような事情だった。
お雪は元々大道芸で小太刀を使った芸を見せていたが、その腕を買われて尾張藩に別式女(べっしきめ:殿様の護衛をする侍女)として雇われた。しかし藩士の孤塚円記(岸田森)という男が、剣の勝負を挑んできて妖剣でお雪を負かし、犯した。お雪は辱めを受けた恨みを晴らそうと脱藩し、脱藩者を追って刺客としてやって来る尾張藩士達を次々を返り討ちにして、その髷を尾張藩に送りつける。秘策として、相手を驚かし隙を作るための刺青を乳房に彫って、孤塚が刺客として現れる日を、お雪は待っている。孤塚と再戦したいという目的のために、なんで「脱藩して刺客を呼び寄せる」という選択に至るのかは、全然わからない。他にいくらでも方法はあると思う。

でもとにかく、お雪は殺戮を繰り返す。女に殺された上、髷を切られる、なんて、武士の面目丸つぶれだから、死んだ藩士達の家督は取り潰し。遺族に自殺者が出るなど、悲惨な状況になって、遺族の一人が拝一刀に、お雪暗殺を頼んできたのだった。その額500両。一刀は、お雪に刺青をいれた彫り師(内田朝雄)や、大道芸人の元締め(山村聡)を訪ねて、お雪を追う。そしてお雪の実父の元締めから、お雪の行きそうな温泉を聞き出し、息子の大五郎を連れてその温泉で、遂にお雪を見つける。
この線で素直に物語を流せば、シャープにドラマが引き締まると思うのだが、原作者でもある脚本の小池一雄は、ストーリーをこねくりまわす。これがよくない。小池一雄の劇画原作は面白いが、小説はダメ、映画脚本はもっとダメ。お話のテンポのコントロールができないのね、この人。

お雪を追う一刀は道中で、かつて公儀介錯人の座を争った柳生軍兵衛(林与一)と出会う。軍兵衛は一刀との御前試合で、剣の勝負に勝ちながら、刀の切っ先を将軍に向けたため、介錯人の座を一刀に奪われ、柳生からも絶縁されて流浪の身となっていた。あごの下の肉付きが微妙な林与一と、あご下は負けないぜ!と圧倒している若山富三郎の対決が開始!最初はまともなチャンバラだったが、剣を弾き飛ばされた一刀は、仮面ライダーみたいにジャンプして乳母車のそばにポジション移動し、乳母車に据え付けた別の刀で、軍兵衛の左腕を切り落とした。止めは刺さずに去る一刀の姿が、なんというか、余裕ありまくりで嫌みったらしい。

それから、一刀親子が古寺に立ち寄ると、仏像に姿を変えて潜んでいた柳生の刺客達7、8名が、襲ってきた。一体いつから潜んでいたのだろうか?一刀親子がこの寺に来なかったら、彼らはどうするつもりだったのだろうか?バカバカしい限りだが、刺客達は石色の顔で一刀に次々に斬られ、腕や脚を失い、芋虫みたいに這いずり回りながら、止めを刺される。その上、寺から一刀が外に出たら、そこにも虚無僧姿の刺客達が、尺八を吹きながら待ちうけていた。尺八を吹いて「ここに刺客がいますよ」とわざわざ教える理由がわからない。尺八の底から矢を吹くんだけど、矢が入ってたら尺八は鳴らないでしょ?
まあ、そういうことはあったけど、温泉で一刀親子は、お雪を見つける。東三千って初めて見たけど、この人のヌード、特に胸はとても綺麗。あんまり具体的に書くと問題ありそうだから自粛するけど、なにしろ素晴らしい。湯から上がって服を着たお雪に、尾張藩の新たな刺客が襲いかかるが、お雪はこれを返り討ち。そして遂に、孤塚が現れた。

孤塚は例の妖剣を使う。刀に炎を宿して幻惑するのだが、お雪は胸の刺青を見せて虚を突き、狐塚を倒す。岸田森の死に顔は、例のドラキュラ顔だったので、思わず失笑。死に顔で笑いを取る男、岸田森、恐るべし。
そして一刀とお雪の対決。チャンバラとして、かなり高度なことをやっている。すれ違いざまに山形で刀を交え、普通は次に振り向いて対峙するところだが、一刀は振り向かずに刀を瞬時に逆手に持ち替え、右脇の下から後ろ向きに突いて、お雪を倒す。速いなあ。

ここで終わっていればスッキリしたのだが、終わらないのだった。小池一雄はパラノイアか。とてもしつこい。

お雪の遺骨を持って、お雪の父の大道芸人の元締めを訪ねた一刀親子を、元締めはもてなす。そこに柳生烈堂(遠藤辰雄)にそそのかされた尾張公(小池朝雄)が、一刀を尾張藩に刃向かう者として、捕らえに来る。一刀をかばった元締めは殺されてしまうが、一刀は名古屋城で堂々と申し開きをし、尾張公を人質に取って、城を脱出する。しかし、子連れ狼親子+尾張公の3人を、荒野で柳生烈堂率いる一味が襲う。作り手側の意図としては、ここが最大の見所なんだろうけど、飛び道具の連発でチャンバラ・ファンとしては、面白くない。乳母車に機関銃が仕込まれていて、一刀がボタンを押して掃射したりするのは、全くシラける。
短いショットの切り替えが連発し、コマ落としもしてるようだ。柳生側が忍者装束なのもなあ、ダメだなあ。私としては、剣と剣の戦いを見たいのよ。覆面をいいことに、斬られた奴が何度も出てきては「暴れん坊将軍」みたいじゃない?

遂に烈堂と対峙し、お互い「見参」「推参」と名乗って戦う、一刀と烈堂。一刀は烈堂の右目を奪うが、烈堂も一刀の左胸を刺す。がけから転げ落ちた一刀はさらに柳生の3人の手勢の攻撃を受け、致命的な傷を負うが、3人を必死に倒す。
とはいえ、これはもう死んだよな、と観客の誰もが思う中、大五郎に背中に深く刺さった刀を抜いてもらって、再び一刀は乳母車を押し始める。
ダラダラと血を流しながら乳母車を押す一刀を遠くから見つめるのは、柳生軍兵衛だった。(完)



若山富三郎は、少し変なところに力が入っていて、台詞回しが何だか妙。でもアクション・シーンは、体格からは信じられないような俊敏さを見せていて、少なくとも本人は一生懸命やっている、ということはよくわかる。にもかかわらず、ある種のミゼラブルなイメージが拭いようもなく、漂う。若山ほどのチャンバラ名人を主役にして、何故コマ落としなの?
当時のハヤリとして、女性の裸を過剰に出す。血しぶきまみれの人体切断シーンをグロテクスクに描く。仮面ライダーのような空中転回アクションを入れる。そういうことのいちいちが、70年安保の挫折感を抱えた、当時の観客へのにじり寄りというか、迎合的な姿勢を感じさせる。映画は夢を売る商売じゃないのか?しかし、この映画は過去形で語らなければならない。若山富三郎という稀代のチャンバラ名人を主役にして、こんなショボい映画しか作れない、そんな時代もあったのだ、と。
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