題名 :『必殺!V 裏か表か』

登録日時 :01/08/12 22:54

1986年 製作:松竹、朝日放送、京都映画 

はっきり言って失敗作だと思う。公開当時この映画を見に行った人たちは、唖然としたのではなかろうか。なにしろTV版の「お約束」がことごとく無視され、消し飛んでしまっている。これでは観客を呼ぶことはできない。しかし、決してつまらない駄作ではない。工藤栄一監督がどのような映画を作りたかったのかという意図は序盤から中盤にかけては迷走するが、最後まで見終わってみると、とても明確だった。一言で言うと「ハード・バイオレンス映画」。
けれどもそのような監督の意図が、シナリオには充分に反映されていなかったのでは、なかろうか?それを監督が現場で無理矢理ハード・バイオレンスに方向転換させてしまったと思われる。ストーリーのつながりや、構成の方向が無茶苦茶で、「もう、どうにでもなれ!」状態に陥っている。つじつまの合わないところにツッコミを入れ放題なのだが、後半は余りにハードなので、観客は黙ってしまう。そして、突然に映画は終わる。まるで疾風のように。




中村家の隣家には、主水(藤田まこと)の同僚、清原(川谷拓三)が、美しい妻・おこう(松坂慶子)と二人で住んでいる。奉行所では主水同様にうだつのあがらない、善良そうな清原だったが、彼には裏の顔があった。それは「ゆすり・たかり」をはたらく悪徳同心としての顔である。裏に廻ったと きの川谷拓三の顔つき、声付きは、表のときと一変した凄みのあるものに変わる。彼がゆすり・たかりに励むのは、吊り合わない美しい妻を喜ばせるため。実は金では妻は喜ばないのだが、妻の気に入られようと、清原は必死。「お金頂戴ね」と言う遊女相手に、激しいセックスをしたりするが、大事な妻に激しくできないウップンを、ああいう形で晴らすのね、と男としてはなんとなくわかったりする。しかし両替商・桝屋(成田三樹夫)をゆすった清原は、両替商組合の元締め・真砂屋(伊武雅刀)により、事故に見せかけて殺される。未亡人となったおこうは、実家の両替商の主となり、両替商組合に加わった。そして、酔っ払って自暴自棄になっていた青年、秀(三田村邦彦)を街角で見つけ、店に雇い入れた。

当時の江戸の経済を事実上牛耳っていたのは、両替商達だった。このカルテルが、今回の仕事人達の戦う相手である。

桝屋の算盤頭、彦松(岸辺一徳)が6万両の計算違いをして、クビになった。彦松は妻(三沢あけみ:何故?)と二人の子供を道連れに、一家心中してしまう。一家と親しかった政(村上弘明)に促されて、一家の葬式代を出してもらおうと主水は桝屋に行くが、そこにいた真砂屋にていよくあしらわれた。しかし清原殺しの嫌疑を漏らしたために、桝谷の差し向けた刺客に夜道で襲われる。主水の危機を救ってくれたのは、壱(柴俊夫)だった。

しかし、これを機に真砂屋の「主水殺し」が始まった。命を絶つのではなく、社会的に主水を抹殺してしまおう、という路線。(でも、途中から「命を絶つ」方向に変わっちゃう。何故?)

まず、金のためならなんでもするという若い娘・おゆみ(野坂ミク)を使って主水を誘惑する。 つい、おゆみの誘惑に乗って寝てしまった主水だが、2回目の逢瀬で妾にしてくれと言われ、拒否する。するとおゆみは寺の塔に登って飛び降りてやると 脅す。勿論、本気ではないが、おゆみが塔に登ると、そこに潜んでいた真砂屋の手下がほんとにおゆみを突き落とす。

カメラは塔の上から廻っている。おゆみの体が頭を下にし、こちらに足の裏を見せ、派手な着物をヒラヒラたなびかせてカメラから遠ざかり落ちて行く。そして石畳に頭から激突し、グシャッと脳漿と血液の混ざった液体をを円形に石畳に撒き散らす。衝撃的な長回し。ヒェー、これはエグイ!何でこんなシーンが突然出 てくるの?と観客はのけぞる。

しかし、ここがターニング・ポイント。ここから急激に映画はハード・バイオレンスに変貌していく。

この事件で主水は自宅謹慎をいいつかるが、家に帰る前に突然呼び出しがかかって、人質をとって立て篭もっている3人組の無頼浪人を捕らえる先陣に立て、と命を受ける。主水が切り込んだら、後から捕方がフォローするという約束だったが、主水が切り込んでも誰もフォローしない。要は殉死してしまえ、という奉行所幹部達の思惑である。主水、四面楚歌。3人の浪人は結構強く、主水は苦戦し腿に傷を負ったが、生き長らえた。遠巻きに見守る捕方達の提灯の灯を見ながら、「こんな程度じゃ、オレは死なねえよ」とつぶやく主水。

妻(白木万理)、姑(菅井きん)の応援もあって、主水は逆襲を開始する。清原殺しの嫌疑で桝屋をしょっぴき、激しく拷問。このあたりはTVで定着した、「昼行灯」のイメージとはすっかり変わってしまっている。もう、表も裏もない、タ イトル通りのキャラ。しかし町奉行に圧力がかかり拷問は中止。

両替屋組合の力は強大だった。抱き込んだ奉行所幹部(織本順吉)に主水を誘わせ、ある「島」に主水を連れこんで拉致する。この「島」が謎。結構な数の住民がいて、漁業で暮らしているようだが、隅田川に現実にはそんな島はない。まあ、隅田川か江戸川の河口近くにできた、大きな 中州としよう。

主水の危機を知った仕事人達が、すでにこの島に終結していた。何故?というのが全然分からないのだが、それはほっといて、集まった仕事人は、以下のメンツ。


竜(京本正樹)
加世(鮎川いずみ)

参(笑福亭鶴瓶)

彼らは 主水の身柄の奪還に成功するが、真砂屋、おこうの指揮のもと、「主水とその一派狩り」が始まった。その軍勢、推定300人。
あのさ、なんで中村主水一人を倒すのに、そんな人数がいるの?もともとは拉致して殺すだけじゃなかったの?と これも謎。でもほっとく、心の広い私。

実は秀はこの島の住人だった(何故?)ので、主水は秀の家に隠れる。死んだバブリー娘、おゆみは秀の恋人だった(何故?)ので、秀は復讐に燃えている。あんなバカ女のために命をかける理由が全然理解不可能なのだが、戦いのゴングは鳴った。

参が犬に吼えられて潜伏場所を見つけられ、惨死。首を取られ、4mぐらいの 竹竿の先端にさらし首になってしまう。このさらし首のシーンがね、異常に長い のよ。ここまで延々とやられると、さす がに印象残るし、悪い夢にうなされそう。

追い詰められた仕事人達は、九死に一生を見出す覚悟で反撃。 ここから始まる集団チャンバラが超壮絶!まるで『プライベート・ライアン』も どき。『十三人の刺客』より、レベルは上がっている。
敵を引き付けた竜が死ぬ。残りメンバーで真砂屋の屋敷に駆け付けるも、(なんで島に真砂屋の屋敷があるの?疑問)壱が死ぬ。その場所に駆け込んできた秀が必死に戦う足元で、壱が無念の表情で死んでいる。しかし、秀は足元を一顧だにしない。簪を折られた秀が手にするのは使い慣れない刀。秀も必死かつ壮絶。

主水も斬って斬って斬って、斬りまくる。TVでは佐々木小次郎の巌流を極めた達人という設定だったが、この映画ではソコソコ強いというレベル。だから必死にならなきゃ危ない。必死に斬りまくって、一番奥の部屋に行ってみたら...
アレレ、真砂屋はおこうに殺されていた。これにて一件落着、と映画は突然終 わってしまう。




桝屋はどうなったの?主水は無事復職できたの?お加世は何をしていたの?と疑問が梅雨どきの雨のように降り注ぐが、よしとしよう。最後の荒々しくも監督の美学が宿った大殺陣シーンに、カタルシスを感じたのは、事実。だから許せる、失敗作でも。
思えば殺された清原、おゆみは、殺されてしかるべき悪い奴らだった。一家心中した彦松にしたって、6万両も間違えたら、解雇されて当然。だから仕事人達の行動は、悪く言ったら逆恨み。でも、善悪を超える情念こそが人間を突き動かすということが、この映画のメイン・テーマなのかもしれない。

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